静かに絶望が沁み込む。映画『トゥルーノース』を観てしまった。

※この記事はネタバレを含みます。

観なければ、知らないままでいられた。

何が正しくて、何が狂っているのかも
わからないまま、ただ日常が奪われていく。
言葉を失うような現実が、すぐ隣の国で、
いまも続いているかもしれないということ。

その事実を前に、
「自分に何ができるか」
「何を感じるべきか」
もわからないまま、
ぼくは静かに沈んでいきました。

久しぶりに
“言葉が出ない”
という感覚を味わいました。

「何を考えたらいいんだろう」
「どうしたらいいんだろう」

そう思わせられる作品に出会ったのは、
いつぶりだろう。

映画『トゥルーノース』とは

映画『トゥルーノース』は、
北朝鮮の政治犯収容所を舞台にした
3Dアニメーション映画です。
主人公ヨハン少年は、父母と妹と共に、
いたって普通の日常を過ごしていました。
何の前触れもなく、彼らはある日突然、
北朝鮮軍によって連行されます。

家族全員が連行されたその理由も、
映画の中では最後まで語られることはありません。
家族が政治犯として収容される理由も、
それが「普通の人々」であることも、
理解されることはなく、
ただ彼らの生活は一変します。

この不明な理由が、
現実における「拉致問題」や
「収容」にも共通する点であり、
依然として多くのケースで
その理由は謎のままであることを示唆しています。

それでも優しさを失わなかった母

収容所での過酷な生活の中で、
ヨハンの母は、極限の状況にもかかわらず、
家族を支え続け、
他の収容者にも優しく在り続けます。

食事もわずかで、生活環境も劣悪であり、
目の前には日々耐え難い肉体労働と、
人格を否定するような扱いが
待ち受けているにも関わらず、
彼女はその優しさを失いません。

ヨハンはそんな母の姿を見つめながら、
どこか理解できない部分を感じます。
その一方で、苦しい渦中にある母の優しさに触れ、
心から受け入れていくようになります。

母の優しさがどれほど強力で美しいものか、
そしてそれを失わずに持ち続けることが、
どれほど難しいことかを感じさせられました。

ヨハンは、母親の姿に疑問を抱きつつも、
その背中を見つめ続けていました。

感情を失った兵士たちと「教育」という名の洗脳

反対に、監視をする兵士たちは、
収容所の中で人々を「ゴミ」のように扱い、
拷問し、
レイプし、
囚人からの告発を褒め称えます。

彼らは何を考えているのだろうか。
もしくは、何も考えないように
育てられてしまったのだろうか。

最近、教育と洗脳は紙一重だと知りました。
違いは、
相手のことを思っているかどうかだけだと。

もしこの国で「教育」という名のもとに、
人々の感情や思考を抑え込むようなことが
行われているとしたら、
それはただの教育にすまされることは
ないはずです。

誰かのためであった教育が、
支配や権力の形に変わり、
やがて「普通のこと」として
受け入れられていったのかもしれません。

そして、ぼくらが受けてきた教育や、
受けている教育も、
「普通」だという理由だけで
そのまま正しいとされているのかもしれません。

それが本当に「正しい」かどうか、
あるいは誰かのためになっているのかどうか、
私たちは
常に見直し続けなければならないと思います。

そしてもうひとつ、
忘れてはならない事実があります。
この映画では、
なぜヨハンの父と家族が収容されたのか、
最後まで明かされません。

何をしたのかも、
何が「罪」だったのかも、
わからないまま。
ただ、ある日突然、
彼らは「連れて行かれた」のです。
それは映画の中だけでなく、
現実にも起きていて、
いまも明らかになっていないことがあります。

理不尽であることを説明されない世界。
その“理由のなさ”が、
ただただ静かに、
深く暗い恐怖を残していきます。

私たちは今日も、知らないままで、生きているのです。


徳島の県南、
人口約3,500人の町
牟岐町(むぎちょう)。
この町にもう一度、
文化の灯をともしたい
そんな思いから、
私たち「シネマ牟岐」は動き出しました。

今や映画は、
映画館で観るものから、
家で観るものへと変わりました。
でもそれと引き換えに、
私たちは何か大切なものを
失ってしまったのではないでしょうか。

誰かと一緒に映画を観ること。
映画を観に行くことが、
その日1日の特別な出来事だったこと。
観たい映画を心待ちにする気持ち。

家では味わえない、ほんの少しの「非日常」。
次回は23日(金)に上映します。

りゅうちゃん 
書く人の、書く人による、書く人のためのnote。
で発信中。
https://note.com/__ryuchan0907

この記事に関わったTOCHANSは...

下之坊 竜治

一般社団法人 遊観 理事

「対話する、図書館」としてお寺の一室を運営。イベント開催大歓迎!R7年4月から大学院生として人間学を学びます。 https://yuhkan1030.studio.site/

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