毎日の幸せは決して当たり前じゃない。壮絶な経験を経て得た「気づき」と親としての「覚悟」

interview

となりの父ちゃんを訪ねて Vol.1

おぞね(小曽根 知晃)さん

現在、奥様と4歳になる息子さんと幸せに暮らすおぞねさん。

妊娠中、奥様がなんと緊急手術に。
その後奥様は無事回復し、母子ともに健康に出産。しかし、その矢先に再発。
奥様の再入院と同時に、生まれたばかりのお子さんとのワンオペ生活が突然スタート。

そんな壮絶な経験があったからこそ芽生えた「親としての覚悟」
そして、自分と同じような経験をするかもしれない仲間のために会社を動かした。

決して当たり前ではない「毎日の幸せ」を日々噛み締めながら過ごす。
1人の父ちゃんとして、この経験を経ておぞねさんは何を感じているのか。
ありのままの想いを伺った。

〜プロフィール〜

2013年より金融機関に勤務。2019年から家業に入り、同年入籍・結婚。2020年に長男誕生日。
阪神タイガースをこよなく愛し、息子に六甲おろしを覚えさせようと試行中。

妊娠3ヶ月で突然訪れた、妻の異変

妊娠が発覚し幸せ真っ只中、奥様の異変が発覚したとお聴きしました。もう少し具体的に当時のことをお聴きしてもよろしいですか?

ほんと突然ですね。妻が「あれ。呼吸が。これ、気胸や。」みたいな感じで。
急いで、病院へ行くと入院して、手術してっていう話で…
かなりひどい肺気胸でした。もう潰れてる状態で、レントゲンとっても肺が映らへんみたいな、そんな状況でした。

妻は大学生の頃に、一度肺気胸を患っていた経験があって冷静だったんですが、僕は妊娠中の突然のことに驚きと、何もできず歯痒さを感じていました。

なるほど…そこから奥様は治療を受けられたんですか?

医師からは「早く手術が必要ですね」って言われ、全身麻酔で…
「お腹の中の子どもはどうなるかわかりません、保証できません」
「耐えられるかもしれへんし、耐えられへんかもしれへんし。症例が少ないけれど最善は尽くす」
と言われ、本当にどうなるかは分からん状態でした。

でもやっぱりね、片方の肺だけやったら、妻がもう持たへんので、手術をしないって選択肢はなかったっていう感じですね。

いや〜簡単にはね、うまいこといかへんもんやなと思いましたよね、気が気でなかったです。
結果として、手術は無事成功。子どもは予定日を少し過ぎて元気に産まれました。

あ〜。それはよかった!!

何かね。ほんと、運が良かったとしか言いようがないですね。ひょっとしたら、手術が長引いてもっと時間がかかって、また結果が変わっていたかもしれませんし。

試練の乗り越えて決まった、「親としての覚悟」

これが妊娠何ヶ月ぐらいのタイミングでの出来事だったんですか?

これが妊娠3ヶ月のタイミングです。もう色々覚悟はしましたね。やっぱり。だからこそ、生まれて来てくれたら一生懸命面倒を見ようと思って。

なんですかね、『親としての覚悟』が決まった出来事でもあった感じです。

まだなんかね、「妊娠した!やった!パパになる!」みたいな感じで、ちょっと浮ついた感じがあったんですけど。 なんというか『戦う顔』になったってやつですね。

僕は恥ずかしながら、子どもが生まれるまでその『親としての覚悟」は決まっていませんでした。

 普通はそうですよね。そんな経験があったからこそ、初めて息子を抱っこした時、予想していた重さ以上の重みがありましたよね。びっくりしました。こんなに重いものかと。

出産後に、再び訪れてしまった新たな試練

妊娠中のご経験があったからこそ、より重さを感じますよね。ただ、出産後すぐに奥様が再発してしまったんですよね…

はい。びっくりしました。ほんま、人生何が起こるかわかんないなって。
初めての育児で疲労困憊している中、再び気胸となり、「緊急入院、手術になります。」って。
覚悟を決めていたはずなのに、自分はどれだけ妻に負担をかけていたのか、本当に情けなくなりました。

その頃は息子と試行錯誤しながら向き合い続け、妻も自分自身もボロボロになっていた時期だったと思います。

気胸となる明確な原因は不明なのですが、自分の至らなさが一つの要因だと自戒しています。コロナ禍で外出が厳しく制限されている時期でした。
両親の支援はありましたが、頼り続ける訳にはいかなかったのです。

連帯保証人の書類やら、たくさん手続きがいるから来て下さいと病院から連絡がありました。
その書類のサインはどうしても病院まで行かなければいけないっていうことで息子と2人で車に乗って行ったわけですが、 後部座席で泣かれても誰も対応できないし、病院までの道のりはとても遠く感じて、なかなかな状況でしたね…

そこから、育児と看護の両立が始まったんですよね。

そうですね。ただ、当時自分はワンオペだろうが、家事育児仕事全部するつもりでいたんですけど、退院した妻は我が子の面倒を見たいって思いがあるわけですから、
「術後のリハビリも兼ねて、育児とか家事とかもやりたい」
って言い出すんですよ。 
こちらとしては、『いやもうそんな無理せんとって!もう寝といて!』っていう感じなんですけれど、目を離すとやっぱりやってて。心配でしたよね。動いたらまた再発とか、痛むんちゃうかとかね、思ったり。
でも、生まれたばかりの我が子を目の前にして、全部取りすぎるのもあかんなっていう。そんな葛藤を繰り返していました。

なかなか、経験することのない葛藤ですね。ただ、その経験があったからこその学びや気づきもやっぱりありましたか?

もちろんたくさんありました。

元々、やれることは全部やるって思ってたんですけど、ひょっとしたらこれがなかったら、もっと任せきりになってたかもしれないなって思います。

例えば、夜泣きってだいたい男の人は気づかへんとか言うじゃないですか。僕も眠りがめっちゃ深いんで、夜泣きとか絶対聞こえなかったと思うんですよね(笑)
でも、夜泣きに気付いて細い目を必死に開けてミルクを作っていました。自然としてましたね。
多分それは、この経験がなかったらできてない。もちろん妻もやってくれてたんですけど、 交互っていう感じではなくて、早く起きた方が作って、もう1人はサポートみたいな。 そういう役割分担が自然とできてましたね。
ほんと、夜泣きが聞こえるようになったのはよかったです(笑)

結局、夜泣き封じの御守(八幡山の粽)を祇園祭で買ってから夜泣きは忽然となくなりました。

それまでの経験があって、覚悟や意識が変わっていたからかもしれないですね。

ただ、悩みもあって…肉体的にしんどいことはもう全部こっちが請け負うつもりでいたんです。
例えば、妻の勤務先に近いところに住むとか。ちょっとお出かけする時でも、ベビーカーを押すとか、子どもの抱っこをするとか。 そうやってたら腱鞘炎になったりしちゃって(笑)

他にもずっと僕が抱っこをしていたから抱っこ癖がついてしもて、今でも、ずっとへばりついてるんです(笑)抱っこか肩車が定位置みたいな。
ちょうどこの前も、今は抱っこじゃなくて、肩車になってるんですけれど、息子が「歩くの疲れたから動けない、もう無理!」って言い出して、しゃがみ込んでしまって。
じゃあわかった、もう肩車して移動しようって言って、肩車して歩いてたら…ヘルニアになってしまいました、首の付け根あたりをぐって。
俺も、もう若くねえなってなって、息子の成長に己の肉体が耐えきれずに負けたと思うと、ちょっと愕然としてしまって(笑)

でも、本当にいつ何が起こるかわからないと思ってるんで。それこそ、気胸とか突然の話やったんで。前触れなかったんでね。
だから、できることは最善を日々尽くしてやっていくしかない。もっと抱っこしとけば良かったとか、もっと家事すべきだったとか後悔がないように。後悔なくやりきって燃え尽きようっていう感じ。

実際今のところ、何かやっておけばよかったという後悔はない感じですね。ヘルニアは痛いですけどある意味、笑い話にできますからね。(笑)

この経験があったからこそ仲間へ寄り添う想い

無理はしないでくださいね!(笑)ただ、父ちゃん仲間としても気持ちはめっちゃわかります。
ちなみに、この経験を経て、その他で何か考えや行動に変化はありましたか?

前職の金融マン時代だと、この家事育児仕事の両立の日々は100%無理でした。断言できます。もうどうするんやろうみたいな感じですね。
有休使い果たして、これ以上休むんだったら、もう辞めざる得ないみたいな状況に追い込まれてたんかなって思いましたね。 

当時は家業で役員をやっていたからこそ、なんとかいけたっていうところではあるかなと思うんです。
だからこそ、この経験を通じて本当に思ったのが、就業規則が全然融通きかんのですよ。イレギュラーなことに対する規則はないんで。
もっと融通利くような就業規則さえ会社にあれば、社員の中で同じ悩みが出たときに寄り添えると思い、 諸条件は付きますが「時間限定社員」という制度を設けて正社員のままで短時間勤務が可能にしました。
多様な働き方を制度として設けることで一応解決策は見出しました。

この経験があったからこそ、今一緒に働いている仲間に寄り添える環境を整備されたんですね。

多分、今までやろうとしなかっただけなんですよね。そういうチャレンジを。
でも、それこそ親の介護とかでも解決できると思いますし、育児に限らず、もっと社員に寄り添えるかなって。

おぞねさんの会社で一緒に働く父ちゃんたちは安心ですね。最後に、いろんな事情でおぞねさんと同じように悩んでいる父ちゃんが日本中にたくさんいると思っています。そんな父ちゃん仲間に向けて一言メッセージをいただいてもよろしいですか?

まずは、夫婦共倒れしないように、休み休みやっていきましょうとしか言いようがないですよね。
僕はちょうどコロナのタイミングで、肺気胸を患っている妻が横にいたんで、絶対にコロナにはなれなかった。ほとんど外出もできなかったんです。
だから、当時、半沢直樹のドラマがやっていて、それを楽しみにしてました。
半沢直樹を見つつ、息子を抱っこして。でもドラマ内で叫び出すじゃないですか。突然大きな声で「 やられたらやり返す。倍返しだ」って(笑)
声が大きいから、その音で抱っこしてる息子がビューって泣き出すっていう(笑)「大丈夫、大丈夫よって。これドラマだからね〜」とか言いながらあやして。
そういう感じで限られた中でリフレッシュをちょっとずつやってましたね。

そんな感じで、まずは共倒れしないように、休み休み過ごしていってほしいです。

あと、まさにTOCHANTOを通してできそうやなって思ったのが、今の働き方やったら本当に無理や!っていう状況でも、個々の事情を受け入れて家事育児と仕事の両立を支えてくれるような企業っていうのはあると思ってます。
うちも就業規則から見直しましたけど、助けてくれる企業はたくさんあると思うので、そんな悩む家族と企業とを両者をつなぐプラットフォームにTOCHANTOがなってくれると嬉しいですね。

このままの働き方では両立できないけど、収入が減るのも無理やし、どうしたらいいんだろう…
前にも後ろにもいかれへん。みたいな人ってたくさんいると思うので。

TOCHANTO、宜しくお願い致します!(笑)

まさに、悩んでいる父ちゃんと応援してくれる方々とをつなぐプラットフォームになりたいと思ってこの活動をしているので、「その役割をしっかりと担うぞ!」と改めて気持ちが引き締まりました!
おぞねさん、本日は本当にありがとうございました。

この記事に関わったTOCHANSは...

小曽根 知晃

家業のアトツギ

本業は不動産賃貸業。芸術一家であるため、アートの新事業も始める。 家庭では掃除洗濯洗い物をし、息子の無茶振りや攻撃を適当にいなす。

八木 俊樹

TOCHANTO編集長

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