被災、遺体安置のリアル|映画【遺体―明日への十日間】
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※この記事はネタバレを含みます。
東日本大震災が残した深い傷跡
誰もが思い出すあの日。
2011年3月11日、東日本大震災——。
三陸沖を震源とするマグニチュード9.0、
日本観測史上最大の地震と、
それに伴う津波・原発事故が日本を襲いました。
最大10mを超える大津波が町をのみ込み、
福島第一原子力発電所の事故は、
放射性物質を広範囲に拡散させました。
死者・行方不明者は2万2000人以上。
震災直後、岩手県釜石市では
学校の校舎が遺体安置所となり、
市職員、警察、消防団らが協力し、
遺体を見つけ、運び、並べました。
現場の緊張感
西田敏行さんが演じる
この映画の主人公、相葉常夫は
数年前まで葬儀会社に勤めていた。
震災の被害をまぬがれた彼は、
その遺体安置所に足を踏み入れ、
言葉を詰まらせる。
泥まみれの床、
ブルーシートで包まれた遺体、
疲れ切った職員たち。
相葉常夫はその日からボランティアとして
現場の指揮を執ることを決意する。

身元確認という命をつなぐ作業
遺体安置所にはひっきりなしに
遺体が運び込まれた。
その数は数十体から
多い時には百体にものぼる。
運ばれる度に番号をつけ、
身元がわかるかを確認し、
少しでも照合ができるものを残す。
どこで発見されたのか、
遺留品は持っていないか、
顔が確認できるか。
最も本人を表すのは、
何よりもその人の身体。
全身の治療跡、
歯の並びをそれぞれ医師と歯科医師が診た。

歯科医師・正木の葛藤が問いかけるもの
遺体安置所に運ばれるのは
遺体だけではない。
生存を確認しに家族が足を運ぶ。
そこで発見することは
想像を絶する苦しさだろう。
残った家族のためにも、
本人かどうかを判断する
医師・歯科医師の仕事は大切で急がれた。
さらには、治療痕を探し、
記録するだけでも時間がかかる上で、
DNAを接種することも依頼された。
佐藤浩市さん演じる医師の下泉道夫は
「一体に10分もかけられないな」と呟く。
それほどに遺体の数は多く、
運ばれる速さも尋常ではなかった。
柳葉敏郎さんは
歯科医師の正木明を演じた。
正木は映画の最後でこう言い残す。
「歯にばかり向き合ってきたけど、
誰かを救えたのかはわからない。
他にやることがあるのでは…」と。
僕ら一般市民には歯のことはわからないし、
治療痕を探すことさえもできない。
正木は歯科医師である
正木にしかできないことをしている。
僕らはそう思う。
しかし、正木自身は
「他にやることがあるのでは」
と葛藤を抱きながら治療痕を探していた。
あなたにしかできないのに、
本人は葛藤している。
誰かが正木に「ありがとう」と言えたら、
正木は少しは救われたのかもしれない。
正木だけじゃない。
市の職員も医師も、
ボランティアにも言える。
「あなたがいたから救われました」
「あなたのおかげで生きてます」
僕らはどうしても自分の利益になることや、
物質として物をもらえたときにしか
感謝の念を感じない。
いや、それでも感謝を感じない場合が多い。
ここでは「感謝」と書いたが、
感動や関心、情、思いやり、配慮なども
当てはまる。
言いたいのは、
「気づかない」
ということ。
僕らはしてあげたことは覚えているのに、
してもらったことは覚えていない。
気づきすらしない。
親がいることで、
パートナーがいることで、
友だちがいることで、
愛犬がいることで、
家があることで、
仕事があることで、
着るものがあることで、
食べ物があることで、
どれだけ豊かに生きてこられたか。
僕らはどれだけのモノやコトに生かされてきたのか。
歯科医師の正木の葛藤は、
誰かが気づき声をかけることで
救わたのではないか?
そもそも正木に救われているのではないか?
それに感謝を伝えて誰かが傷つくか?
今、目の前にあることに気づくこと、
感謝することは自分の心を癒やし、
清らかにすることだと僕は思う。

映画『遺体―明日への十日間』を観て、
改めて震災の怖さと日常の尊さを感じた。
震災が起こるのは仕方がない。
だから、準備を怠らない。
そして、起こってからどうするか。
一人からでも考え、備える。
誰かと話す。
それができれば、
そのきっかけが起こせれば。
備えあれば憂いなし。
徳島の県南、
人口約3,500人の町
牟岐町(むぎちょう)。
この町にもう一度、文化の灯をともしたい。
そんな思いから、
私たち「シネマ牟岐」は動き出しました。
今や映画は、映画館で観るものから、
家で観るものへと変わりました。
でもそれと引き換えに、
私たちは何か大切なものを
失ってしまったのではないでしょうか。
誰かと一緒に映画を観ること。
映画を観に行くことが、
その日一日の特別な出来事だったこと。
観たい映画を心待ちにする気持ち。
家では味わえない、ほんの少しの「非日常」。
次回は8月16日(土)に上映します。
